元エンジニアの気功家 中川雅仁

宇宙エネルギーshinkikoを広める会社代表のブログ

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この時代だから必要なこと 

テレビなどの影響もあり、魂の存在を信じている人が増えていると言います。良いことですが、死んでもすぐに生まれ変われるという誤解もあるようです。

実際には、生きていたときの意識の状態により、魂にエネルギーが不足してしまった魂がたくさん存在するということです。さらには、そのようにして亡くなった人たちを光に導くことはエネルギーがいることなのです。

マイナスに傾いた魂達の影響を強く受けると、自我の欲求を満足させる方向にばかり氣を取られます。見かけ上、物質的には豊かになるのですが、人々に「氣づき」が少なくなるということは新しい地球を変える良い発明や発見も少なくなり、科学も進歩できなくなってしまいます。科学ばかりではなく政治も経済も、あらゆるものに閉塞感が漂い、混沌としてしまうのです。

魂のエネルギーは急に高められるものではありません。自分が輝くことで周りの魂にも光を与え、亡くなるとき光の世界に旅立てるように、準備をする必要があります。その意味でも日頃から真氣光を受け、氣づきを大事にする生き方を心がけたいものです。
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( 2008/12/07 12:53 ) Category 真氣光のはなし | トラックバック(-) | CM(0)

魂のエネルギーを高められない悪循環 

真氣光を受けることで氣づきが促されるのですが、何が起こるのか、もう一度整理してみましょう。「魂には意識が存在し、その状態によって決まる固有の振動波つまり光(氣)を周りに放出している。真氣光のエネルギーが吸収されることによって、ある時その魂が発する光が飛躍的に増え周波数が上がる。その際に生じるのが、意識の拡大つまり氣づきで、より宇宙と調和する方向に意識が動く、簡単に言うならば、自分だけのことしか考えない意識から、より周りの人のことを考えられる・調和できる意識に変わる」つまり真氣光のエネルギーが強くなってきたということは、魂が発している振動波(氣)の周波数が上がることで意識が拡大するということが、この時代、多くの人に求められているということが考えられます。

本来、真氣光を知らなくても身体をもっている誰もが、氣づくことによって魂のエネルギーを高め自ら光を増やし、その光は周りの魂たちにも吸収されるという仕組みです。しかし光を失った魂が身のまわりに多くなりすぎると、そちらにエネルギーが大きく移動するためにその影響を受けてしまい、生きている私たちは氣づきにくくなったり自らのエネルギーを高めることができなくなるのです。そうなると、周りの魂もエネルギー不足で身動きがとれず、ちょっとしたきっかけで一度に多くのマイナスの魂達が同調して集まりやすくなります。そうしたことによって、生きている私たちの身のまわりに、大きなマイナス現象が発生したりするので、それによる不安や心配で、さらにエネルギーが下がってしまうという悪循環が起きるのです。ところで光を失い、あの世に旅立てない魂とはどのようなものでしょうか。私が真氣光を送っていると、氣を受けている人の口を借りて、その人に影響を与えている魂が出てくることがありますが、彼らの話から、その実態を伺い知ることが出来ますので整理してみましょう。

辛い苦しい悲しい、分かって欲しい、救って欲しい魂
亡くなる時に強い肉体的苦痛、精神的な苦痛を味わったことで、身体が無くなった後も、それが続くことがあります。生きている時のような辛さ、苦しさ、悲しさなどが永い年月にわたって襲って来るので、何とか救って欲しいと願っている魂です。このような魂は、生きている私たちに何らかの方法で、気づいて欲しいとメッセージを送ってきています。それが、身体の痛みや不調、身のまわりの問題などに出て来ることがあるのです。真氣光の光が届くうちに、次第に苦痛が消えていき気持が良くなっていきます。

強い意志を持ってこの世に止まる魂
強い恨みや憎しみ、さらには生きていたときのこだわりや強い執着によって、死んだことはわかっていても、この世から離れたくないという強い意志を持っている魂があります。このような魂は、気づかれるとあの世に行かなければならなくなるので、できるだけ隠れていて気づかれないようにしたいという思いがあります。しかし真氣光のエネルギーが浸透していくうちに浮き上がってしまい、意識されることによってさらに光が浸透するようになります。そして次第に元々あった、生きているときに強く執着しなければならなかった辛さが消えていき、原因が無くなることで、あの世に行けるようになります。

死んだことがわからない魂
身体を失っているにも関わらず、生きていたときと同じような意識が続くので死んだことがわからない魂があります。そのような魂は、無意識のうちに生きている人の気持に同調し、吸い込まれるようにその人の身体に入り込んでしまい、自分の身体のように使っていることがあります。一つの身体にたくさんの魂が入り込んでしまうと、思いどおりに身体が動かなくなったり、考えがまとまらない、記憶が無くなる、感情の起伏が激しくなるなどの症状が出ることがあります。真氣光の光が浸透することで、氣を受ける人の身体や魂とズレが生じてきて、次第に自分の身体ではないことに気がつき、あの世に行けるようになります。

何故か、あの世に行けない魂
辛くも苦しくも悲しくもなく、この世に執着があるわけでもなく、早くあの世に生きたいのだけれど、エネルギーが足りないことで行き場がわからなくて、ただ彷徨っている魂があります。このような魂は、苦しいわけでもないので何とかして助けて欲しいという強い思いが少なく、家族に迷惑もかけたくないと思うのか、生きている人もなかなか気づいてあげることができないようです。死んだら魂だけの存在になって、あの世に行くものだという認識もありますから、前述の魂たちよりは良いような気がしますが、実際には相当な数に上り、それが私たちの毎日の生活にマイナスの氣となって覆い被さってきますので、見過ごすわけにはいきません。
( 2008/12/07 12:50 ) Category 真氣光のはなし | トラックバック(-) | CM(0)

宇宙は敬愛の波動で満ちている  

これまで私は「愛す」という言葉について深く理解できていませんでした。日本人の私には、少々馴染みがないようにも思え、どうもしっくりこなかったのです。しかしある時、宇宙が「敬愛」という言葉を教えてくれました。辞書を調べてみると、尊敬して親しみの気持をもつこととありますが、これならわかりやすいと思いました。

尊敬とは、その人の人格・識見・業績・行為などをすぐれたものとして尊び敬うことで、よく「子が親を尊敬する」などと使います。逆には使わないのかと考えてみると、親であっても子どもの人格や行為の中に、その子の素晴らしいところ、その子ならではの輝きの部分を見つけられると、それは尊敬に値するということになるでしょう。つまり人の輝きという「いいとこ」が見つけられると、どんな人も敬愛できる存在になるのだと思います。

真氣光研修講座では「いいとこ探し」という行法を毎朝やっていますが、良いところを見つけて発表するうちに、どんな発表があっても結局は聞き手次第だということがわかります。つまり、聞き手が話し手の素晴らしい部分を発見できるかどうかであり、それは見つけようとしなければ見つけられないけれど、その人を分かろうとするうちに、どんな人にも「自分には出来ないような、すごいところ」「その人なりの素晴らしさ」があるということに気がつきます。私たちは、どんな人にも敬愛の心が持てるはずなのです。

昔は今よりも物が無かったり、民主主義が不完全な社会であったために苦難が多かったことでしょう。過去に亡くなった人の中には、そのような環境からマイナスの心に傾き、中には強い恨み抱く魂もあるのですが、誰も好んでそんな辛い状況になってはいないのです。皆それぞれ、避けるに避けきれない理由があったということです。そして何より重要なことは、そのような方々が生きてくれていたからこそ、今は自由で平和な時代があるのです。つまり、いかなる過去に亡くなった魂にもかけがえの無い一生があり、その一つひとつの魂の積み重ねが、私たちの今の生活を作り上げていることなのです。そして、それが心からわかっていれば、その人たちにも必ず光が届くのです。

私たちは肉体を持っている以上、いろいろな制約を持って生きています。その為に、どんな人も、心が乱されることがあるわけです。逆に考えれば、心の乱れが生じる原因となったマイナスの氣が、何処かに隠れている、まだまだ成長しなければならない魂だということです。これは肉体を持っている、どんな人にも当てはまります。自分が完全ではないのですから、他の人を咎めることはできません。マイナスの氣の影響を、周りのどんな人も受けている可能性があるのです。それは魂の周りを覆う影のようなものですが、それは一時的なものであり、まったく変わらないものではありません。人に敬愛の心をもとうとすることで、その人の魂の光の部分に同調して、自分自身の魂の輝きが増すのです。

宇宙の遙か彼方から真氣光のエネルギーを送ってくれているグループも、やはり私たちのことを敬愛の心で見てくれているようです。あちらの世界はマイナスの氣と称するものが一切ありませんから、咎め、心配、イライラなど洗心の指標にある御法度の心がよくわからないらしいのです。逆に言うと私たち地球の生活が、毎日多くのマイナスの氣の影響を受けながら生活しているということを学び、そのたいへんさをよく認識して、どうやったらより良い方向に導けるのか、どうやったら少しでも楽にしてあげられるのか、それを一生懸命考えてくれているわけです。それで少しでも多くのエネルギーを送りたいと言われ
( 2008/12/05 13:02 ) Category 真氣光のはなし | トラックバック(-) | CM(0)

先代の遺著、氣づきの時代  

先代は‘95年の3月に脳溢血で倒れ、6月に復帰した後、精力的に全国を周り、氣づきの重要性を説き、さらに氣づきの時代という本をも出版することになりました。その時点から真氣光は氣づきを促すエネルギーという位置づけに変わったのです。

先代は、氣に関わる以前から、そして関わってからも数々の試練を乗り越えています。普通に考えると困難とばかりに放り投げてしまうことも、実現に向けて前向きに突き進むブルトーザーのような人でした。幼少の時代から、どんどん目の前に立ちはだかる一見マイナスな出来事を乗り越えているうちにいつしか、すべての出来事は自分を高めてくれるために宇宙創造の神が与えてくれているに違いないと確信していったのだと思います。ですから身の周りに起こる良いことも悪いことも、すべてのことには意味があるから、どんな人もそれに氣づくことが重要だと言って亡くなったのです。

「氣づきの重要性」に辿り着いた経緯を知るには、先代が遺した「神を信じ人を愛す」という言葉がヒントになります。これは亡くなる何年も前から水晶の刻印などの氣グッズに使われていたものですが、この言葉の意味を考えると直接氣づきとは言っていないけれど、当初から一貫性があることがわかります。「神を信じ」とは、神とも言える宇宙は、私たちを生かしてくれているのだから、意味の無いことなど与えない。氣づきを与えるために一見マイナスの出来事があるかもしれないけれど、私たちの魂としての成長を願っているのだから、それを信じること。マイナスの出来事の意味に気がつけたとき、それは大きなプラスになるのだということです。

しかし、なかなかその意味には氣づけないものです。でも与えられたことに、こちらから氣づこうとしなければ氣づきのチャンスが遠のいてしまうのです。この時、氣づくためのポイントは、マイナスの出来事のせいにするのではなく、自分がどう変われば良いかを考えることにあります。

さらに先代が遺したのは「人を愛す」です。家族や友人など身近な周りの人との人間関係において、自分がどこまで人を愛せるか?プラスの氣を発信できるか?ということなのです。
( 2008/12/04 12:54 ) Category 真氣光のはなし | トラックバック(-) | CM(0)
プロフィール

中川雅仁

Author:中川雅仁
株式会社SAS代表 気功家。
'93年電機会社の研究職を退職。'95年、夢で氣が出せるようになった父の跡を継ぎ、shinkiko(真氣光)という宇宙エネルギーを世の中に広める元エンジニア。詳細プロフィールはこちら

shinkiko(真氣光)とは宇宙からの気づきのエネルギーです。

株式会社SASは真氣光を利用して、人類が宇宙意識に近づくためのお手伝いをさせていただいています。

shinkiko(真氣光)とSASは、各種団体・宗教とは一切関係ありません。

本の紹介
中川雅仁の著書と shinkikoが紹介されている本です


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